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大阪地方裁判所 昭和23年(行)232号 判決

原告 杉山織之助

被告 大阪府知事

一、主  文

一、被告が別紙目録記載の土地につき昭和二三年一〇月二五日附の買収令書の交付によつてした買収処分を取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

第一、原告の主張

一、請求の趣旨

主文と同趣旨の判決を求める。

二、請求の原因

(一)  別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称)は原告の所有であつたが、昭和二三年一一月四日突如被告より同年一〇月二五日附の買収令書の交付を受け、右土地の東隣地であり同様原告の所有であつた岸和田市春木町大字荒木字八の坪、九の坪、一〇の坪、一五の坪、一六の坪、一七の坪所在の四七筆の土地(以下隣接土地と略称)と共に自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)により、農地として買収せられた。

(二)  しかし右土地(本件土地及び隣接土地全部)に同大字字四の坪所在で原告自作の三筆の土地を加えた計七五筆坪数合計約二五、〇〇〇坪の土地は、レース工業の専門家である原告が昭和十三、四年頃事業を拡張するため当時有名な機業地であつて該工業の立地条件に最適の泉南地方に工場敷地を物色中、泉南郡春木町当局者及び住民の熱心な誘致運動もあつて昭和一四年四月同町荒木地区内で荒木信義外二四名から時価より坪当り一円高の七円五〇銭で工場敷地とする目的で買入れたものである。そして右買入地中その約三分の二に当る隣接土地については当時直ちに工場を建設する予定ではなかつたので、工場建設に至るまでの間につき改めて契約を結び、原告において工場建設のため必要とするときは三ケ月前の予告を以て何時でも明渡す旨の約定の下にその耕作を継続せしめたが、その約三分の一に当る三の坪、四の坪、五の坪所在の土地(本件土地及び原告自作の三筆の土地)は工場建設のため当時直ちに明渡を受けたものである。従つて原告買受の右土地は全部元来は水田であり附近の池からの引水権を持つていたのであるが、本件土地等三分の一の土地については当時直ちにその引水をも中止した。しかし支那事変の進展に伴う時局の緊迫化による平和産業に対する統制強化のため容易に工場建設に着手することができず、右土地もこれを空地のまま放置するのやむなき状態であつたところ、昭和一五年中頃以降戦争は次第に苛烈化し食糧増産も声高く叫ばれ休閑地を遊ばしておくのは国賊だといわれるような事態となつてからぼつぼつこの休閑地を原告に無断で利用するものが多くなつた。このような状態に原告とても気ずかないことはなかつたものの、当時の事情からしてこれを無理に止めさせる程の力もなく、また一方利用者の善意を信じ黙認という処置をとつたのであるが、この利用について正式の契約を結び、あるいは地代等を徴収したことのなかつたことは勿論であり、また右土地は既に引水を中止し荒地となつていたものを空閑地利用として耕作せられたものであるから従来の水田とはその様相を変えて畑状となり、これを不規則に細分して多数人によつて耕作せられていたものである。ところが昭和一六年一二月末頃当時の大阪海軍監督官事務所より右休閑地の部分全部と隣接土地の一部とにつき軍需会社関西製鋼株式会社への譲渡方を勧告せられ時局柄これを承諾するのやむなきに至り、同会社においては昭和一七年四月から同所に工場を建設する予定で、とりあえず右休閑地利用者らに同年三月末日までに一切の農作物を除去して土地を明渡すよう申入れ、その代償として金一万円を右利用者らに支払つた。そして右期日には右土地は完全に明渡され、本件土地は原告の買受直後と全く同様な状態にもどつたのであるが、その後同会社は工場建設に着手せず、結局右売買契約は同年八月頃合意解除となり、これを知つた前記利用者らは当時としては大金の金一万円を貰いながら、またまた本件土地等につき空閑地利用と称し原告に無断でその使用を開始するに至り、原告の再三の明渡請求にも拘らず本件買収処分時までこの状態を続けたものであり、地元岸和田市春木地区農地委員会はこの状態を以て農地の小作関係と解し、本件土地を不在地主の小作地として買収計画を立て、被告また右買収計画に基きその買収処分を行つたものである。

(三)  しかし原告は本件土地所在地の農地委員会の区域内に原告が住所を有しないことはこれを認めるが、本件土地が農地であり、また小作地であることは極力これを争うものであり、また仮にそうであるとしても本件土地は自創法第五条第五号にいう近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であり、右いずれであるにせよ、これを農地買収の対象とした買収計画は違法であつて、この違法な買収計画に基く被告の買収処分また違法たるを免れず当然取消さるべきものと考える。

(1) 自創法にいう農地とは同法第二条第一項に定める通り耕作の目的に供される土地をいうのであり、また小作地とは同条第二項に定める通り耕作の業務を営む者が賃借権、使用貸借による権利、永小作権、地上権または質権に基きその業務の目的に供している農地をいうのである。そして土地が耕作の目的に供されているかどうかは土地の現状、耕作の内容その他各般の事情を広く考察して客観的にこれを定めなければならないものであつて、前記のように以前に農地として利用されたことがあつたため公簿上は農地となつていても既に明渡を受け引水中止のため従前の水田がその様相を一変していること等本件土地の沿革現状及び後記のように官庁の建築認可があつたこと等の諸般の事情から工場建設用地であることが客観的に認められる本件土地はこれを農地ということはできない。仮にそうでないにしても耕作の業務を営むというのはこれによつて生計を立てたり営利を目的とすることを要しないけれども、土地が耕作の業務の目的に供されているというためには多少とも継続的な性質を有することを要し、当初から一時的使用の目的に供されるに過ぎないものはこれに包含されないものと解しなければならない。そうすると本件土地のように戦争という特別の事情の下で一時的に黙認という形で休閑地利用に供されていた土地を小作地ということはできないのである。

(2) 仮に本件土地が農地であり、また小作地であるにしても、原告が本件土地等を買受けた目的がレース工場の敷地とするためであり、その買受は元々地元町当局者及び住民の熱心な誘致運動にもよるものであつて、その買受土地中の約三分の一に当る本件土地等は当時直ちに明渡を受け、従前の水田を引水中止により建築に適する状態にしたものであり、休閑地利用の後も畑状となつて従前の様相を一変していること、またその利用の関係も何等正式の契約を結んだものでなく、賃料というべきものもこれを受領せず、単なる空閑地利用を黙認したに過ぎなかつたものであり、原告が右地上に工場を建設しなかつたのは戦時中の統制強化によりやむなく一時その建設を見合せたに過ぎないし、関西製鋼も工場建設用地として本件土地に着目その買受を希望したのであり、利用者らは関西製鋼から離作料を得て再びその明渡をしながら右工場建設が中止となるやまたまた原告に無断でその利用を開始したものであること前記の通りであるが、原告は更に本件土地使用の目的を変更することを相当とする諸種の主観的客観的な理由を持つ。即ちまず大阪府下の泉南、泉北の二郡に亘る一帯の平野はわが国においても有数の繊維工業地帯であるが、本件土地はほぼその中央に位し、土地の形状も高低の差殆んどなく、もと水田であつたに拘らず比較的乾燥した土地であつて地盛り等の労を要せずして工場敷地に使用することができ、また国道十六号線に通ずる重要な道路に沿い、南海電鉄春木駅にも近く交通事情には特に恵まれているのであり、附近には繊維関係の工場、春木競馬場等を控え、岸和田市都市計画にも編入されているものであつて、なるべく早い時期に工場用地として利用すべき客観的な事情がある。次に原告はレース工業の専門家であつて大正二年頃からレースの製造を始め、本件土地の買収計画当時においては編レースの製造販売等を目的とする大洋レースネツト有限会社を経営し、大阪市住吉区粉浜本町及び粉浜西之町に亘る土地約二、九〇〇坪地上に工場を有していたものであるが、右工場は昭和二〇年三月の第一次大阪大空襲により大半焼失しただけでなく、土地自体既に原告の事業経営には狭く、もともと原告の事業拡張のための用地として買収した本件土地等地上に工場を建設するの必要に迫られ、昭和二〇年の終戦直後からその計画を進め、建築用材として昭和二一年一月には和歌山県西牟婁郡和深村所在の山林立木約一、〇〇〇本約一、三〇〇石を、同年八月には同郡三尾川村所在の学校建物三棟(建坪合計約一五五坪)の取毀材を買受け、同年一一月一日には本件土地中の三の坪の土地及び隣接土地中の一〇の坪及び一五の坪の土地合計約七、七〇〇坪の地上に市街地建築物法による建築認可を受け、更に昭和二二年五月七日には臨時建築等制限規則による建築許可をも受けたものであつて、原告は右建築認可の直後岸和田市役所を通じ右敷地につき農地調整法第六条の用途変更の許可申請をすると共に、既に府知事の建築認可もあることとて同じ知事による農調法第六条の許可は当然にあることを信じ、昭和二二年初め頃から用材の整備を始め同年三月には現地で地鎮祭を挙行することとなつたが、耕作者らの妨害によつてこれを果すことができず、また当然あるものと信じた用途変更の許可もおりず、やむなく原告は更に再度に亘つて地元農地委員会を通じてその申請をしたがこれに対しても何等の音沙汰もなく、却つて昭和二三年一一月四日突如本件買収令書の交付を受けることとなつたものであつて、原告は右のように本件買収計画の当時既に本件土地につき工場建設の準備を十分整えていたものである。なお原告経営の大洋レースネツト有限会社は昭和二三年一二月組織を変更して日東レース株式会社となつたが、本件土地上に工場を建設する計画は前記のような事情からこれを遂行することができず、やむなく粉浜の工場を修理すると共にとりあえず泉北郡府中和泉町に分工場を設け現に稼動中ではあるが、固より本件土地上に本工場を設けこれに集中して合理的な近代的工場とする会社の恒久的方針はこれを変えたものではなく、その素志は今も変るところはないのであり、またその具体的計画を有するものである。更にまたこれを本件土地の耕作者の側からみても右耕作者はすべて富裕な荒木部落の住民であるが、純然たる農家といわんよりも半農というに近く、いずれも農業以外の現金収入を持つており、しかも本件土地における一戸当りの耕作面積は零細であつて、その得喪は関係耕作者の生活を脅かすほどのものではないと考えられる。勿論これを失うならば心理的には若干の影響を受けるかも知れない。しかし必ずしもすべての人にとつて先祖伝来の土地という訳でもないのであるし、以前これを所有耕作していた人達とて十数年前には納得ずくで一旦きれいに売却してしまつたのである。それを再び作り出したいきさつも隣接土地である水田の場合と異り筋が立つているとはいえず、しかもその後関西製鋼より離作料を貰つて明渡し荒地としていた時期もあるのであるし、戦時戦後にかけての使用関係も対価その他の点からみて暫定的な性格を持つていたことは否定し得ないところなのである。一般小作農民とその耕作地との間にかもし出されていた特異な心理的結びつきとは比較すべくもない。経済的にも精神的にも本件土地を失うことによつて受ける打撃はしかく大ではないのである。そしてまた本件買収処分当時(現在も同様であるが)における本件土地の利用状態は戦中戦後の休閑地利用を一歩も脱せず、無計画に細分され各人の使用面積はおよそ農業経営としては成立たないような狭いものであり、しかもその利用者は前記のように半農というに近い人達である。そうすると本件土地を現状のように利用することは何等農業生産力の発展に寄与することはなく、そこに自作農を創設するというのは非常識という外はない。要するに本件土地は既に工場建設用地として利用さるべきであつたのに、戦時中における繊維企業の縮少、戦中戦後の特殊な食糧事情と、時流に便乗する地元の一部の人達のせんどうとによつてこれを畑地に変貌せしめたものに外ならない。そしてこの仮の姿を永く存続せしむべきものであらうか。否である。それによつて失わるべきものは余りに大きく、得るところは極めて少いというべきである。そうすると本件土地は自創法第五条第五号にいう近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地に該当するや明かである。

三、被告の主張に対するもの

(一)  原告が本件土地に対する地元農地委員会の買収計画に対し異議訴願をせず、またその取消の行政訴訟を提起しなかつたことはこれを認める。しかし買収計画の確定はただその買収計画に対してはもはやその取消を請求することができないという効果を生ずるに止まるのであつて、買収計画の内容に存する違法を違法なしと確定する効力を有するものではないのであり、いやしくも買収計画に違法があり、この買収計画に基く買収処分もまたその違法をうけついで違法な買収処分となつている限り、買収計画に対しもはや出訴を許されないからといつて、買収処分の取消事由として右違法を主張するを許されないと解することはできないのであつて、これを許されないものとする被告の主張は失当である。

(二)  また本件土地の利用者と隣接土地の小作人とが重複していたためか、右小作人の代表者が小作料を原告の春木農業会の口座に振込む際に勝手に本件土地の使用料をも算定してこれを同時に振込んでいた事実はあつたようである。しかし反当り一〇円という金額は地租より多少多い位のもので畑年貢としてはおよそ類例のないものである。右金員は本件土地の利用者らが、本格的な農業経営ではなく一時的な休閑地利用ではあつたものの、無償で使用することは農村の律気な人々の気持にそぐわないものがあつたものとみえ、自発的に且自主的に反当り金一〇円ときめて支払をするに至つたものである。土地使用の対価として当事者合議の上できめたものではない。これを以て小作料と称するのはおよそ常識に反するものというべく、その本質は結局損害金である。

(三)  また本件土地につき大阪府農地委員会の承認を得て地元農地委員会において自創法第五条第五号の適地指定をした事実のないことはこれを認める。しかし自創法に従うとき、この適地指定をするか否かは既存の所有権を失わしめるか否かの結果を招来するものであるから、農地委員会のこの点に関する承認または指定は覊束行為であり、その指定をなすべき場合にこれをなさないのは違法であつて、その違法な行為(不行為)を前提として立てられた買収計画また違法たるを免れない。

なお原告が乙第一〇号証の一、二のような申請をした事実のあることはこれを争わない。しかしこれは土地所有者の最後のあがきなのである。工場建設のために買受けていた広漠たる土地を、今こそ自分の手に取戻そうと百方手段をつくしたに拘らず決定的に阻止せられ、遂に絶望的になつた地主の苦悶の告白である。大阪海外引揚戦災者厚生農場なるものは実在の団体であつて、府の補助金を受けつつ奉仕事業をしていたものであるが、自分で使うことを許されなければせめてこの団体の利用に供することによつて耕作者の利己心(原告にはかく映つていたのである)と戦わんとしたものである。しかし固よりこれによつて本件土地を工場敷地とせんとした原告の当初の意図を抛棄したものではなく、引揚者、戦災者の住宅用地とし、またその農業用地としておけば原告の工場設置の際の土地取戻が容易であると考えたからに外ならないのであつて、これを以て原告に工場建設の意思のないこと及び原告も本件土地を農場に使用する外用途なしと考えていたによるものとする被告の主張は当らない。

第二、被告の主張

一、答弁の趣旨

原告の請求を棄却するとの判決を求める。

二、事実及び法律上の答弁

(一)  被告が元原告の所有であつた本件土地及び隣接土地を昭和二三年一〇月二五日附同年一一月四日原告到達の買収令書により農地買収したことはこれを認める。

(二)  右買収は地元農地委員会である岸和田市春木地区農地委員会が昭和二二年一二月二三日に立てた買収計画に基くものであつて、同地区農地委員会は同月二五日右買収計画樹立の旨を公告し、法定期間法定書類を縦覧に供したものであるが、原告からはなんらこれに対する異議の申立もなかつたので大阪府農地委員会に承認を求め、昭和二三年二月二九日その承認があり、前記のような買収令書の交付となつたものである。

そして本件土地は不在地主の小作地としてこれを買収したものであつて、原告は右買収計画の当時大阪市住吉区粉浜西之町一丁目一番地に住所を有していたものであり、また本件土地は原告買受の昭和一四年の頃一時空地とせられた期間があつたにしても、その後間もなく原告承諾の下に賃料一ケ年反当り金十円の割合で小作畑地とせられたものであつて、本件買収計画の当時は益岡徳三郎外三五名が畑として、これを右賃料で賃借小作していたものであり、仮にこれを賃貸借ということができないにしても少くとも使用貸借上の権利に基いて耕作していたものであつて、右いずれにせよ本件土地が自創法上の小作地であることはまちがいのないところであり、これを小作地にあらずとする原告の主張事実は全部これを争う。

(三)  原告は本件買収計画に対しては異議訴願の申立をせず、またその取消の行政訴訟をも提起することなくして令書の交付による買収処分の行わるるに及んで初めてその買収処分の取消を本訴において請求するものである。しかし買収計画に存する違法はこれに対する異議訴願及び該買収計画取消の行政訴訟においてこれを主張すべきものであつて、買収計画に対する異議訴願もなく右計画が承認せられ、またその取消の行政訴訟も出訴期間の経過によりこれを提起することができなくなれば右買収計画は確定するのであり、もはや右計画の取消を求めることのできないのは勿論、これに存する瑕疵もまたこれを主張することを許されないのであつて、従つてこれに基く買収処分も、その処分自体に存する瑕疵はともかく、買収計画に存する瑕疵を承継したことを主張してその取消を求めることはできないものと解する。原告の本訴請求は買収処分自体に瑕疵があることを主張するものではなく、その基本となつた買収計画に存する瑕疵を承継したものとして買収処分の取消を求めるものであるから、既に右の意味において失当たるを免れない。

(四)  本件土地が自創法第五条第五号にいう近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であるとする原告の主張事実はすべてこれを争う。かかる農地なりや否やを定める基準時は買収計画樹立の日、即ち昭和二二年一二月二三日であるが、同日においては原告主張のような事実は存在していなかつた。農地の使用目的を変更するを相当とするや否やはこれを客観的に定むべきものであるが、本件の場合は用途変更をなすべき客観性が存在していない。本件買収土地の所有者であつた原告杉山の主観的事情は用途変更の理由とすることはできないし、また原告において原告主張のような用途変更をなすべき主観的事情も存在しなかつたものであつて、この点は昭和二三年一月七日附で原告から本件土地を大阪海外引揚戦災者厚生農場の農場並に簡易住宅建築用地として用途変更の許可申請(乙第一〇号の一、二)が出されていることからみても明かであつて、原告自身工場建設の意思もなく、また本件土地は農場としてこれを使用する外用途のないことを認めていたものである。また原告の主張によれば訴外の大洋レースネツト有限会社においてなんらかの計画があるとのことであるが、被買収者でない第三者の主観的事情を以て用途変更の理由とすることはできないものと考える。そしてその大洋レースネツト有限会社の計画なるものも具体性と必要性を欠いており、しかも買収計画の日当時においてはその計画もできていなかつたものである。以上の次第で原告の主張は買収外の第三者の希望的計画を述べるに止まるもので、これを以て用途変更の理由とするには足らないものと考える。

仮に原告主張のような用途変更を相当とする事情があるとしても本件土地については自創法第五条第五号による農地委員会の指定がない。そしてこの指定がない限り農地としてこれを買収することはできるのであるからこの意味においても原告の右五条五号に関する主張は失当である。

第三、証拠<省略>

三、理  由

一、被告が元原告の所有であつた本件土地及び隣接土地を自創法により昭和二三年一〇月二五日附同年一一月四日原告到達の買収令書により農地として買収したことは当事者間に争いがない。

二、そこでまず買収計画に対する不服申立の権利を失つた以上これに存する瑕疵を買収処分の取消訴訟で主張することは許されないとする被告の抗弁について判断する。

本件買収処分は岸和田市春木地区農地委員会が昭和二二年一二月二三日に立てた買収計画に基くものであり、同地区農地委員会は同月二五日右買収計画樹立の旨を公告し、法定期間法定書類を縦覧に供したこと、右計画は昭和二三年二月二九日大阪府農地委員会の承認があつて前記のような買収令書の交付となつたものであることは原告の明かに争わないところであり、原告が右買収計画に対し異議訴願の申立をせず、またその取消の行政訴訟も提起しなかつたことは当事者間に争いがない。しかし原告が本訴において主張するところは本件土地が小作地(農地)でなく、また自創法第五条第五号に該当する土地であつてその買収処分は違法であるというにあつて、若し右事実があるとすればかような土地はこれを買収することは許されないのであるから、これに対する買収計画が違法であるのは勿論その買収処分もまた違法たるを免れない。そして買収計画に対する異議訴願がなく、また買収計画を知つた時または買収計画の時からその取消訴訟についての一箇月または二箇月の出訴期間が経過したとしても、これにより買収計画の取消をもとめる訴訟が不適法となることは格別として、このことは買収計画に存する瑕疵を治癒しその違法を違法なしと確定する効力を有するものではないのであつて、この買収計画に基いてせられた買収処分が計画の違法をうけつぎ違法な買収処分となつている限り、買収処分取消の訴訟でその違法を主張できないものと解することはできないので被告の右抗弁はこれを採用することはできない。

三、次に被告は本件土地は不在地主の小作地として買収したものであると主張するのでこの点について考えてみる。

原告が本件買収計画の当時地元農地委員会の区域内に住所を有しなかつたことは当事者間に争いのないところである。そして成立に争いのない甲第一乃至第三号証、乙第五、第九、第十二号証、証人向井栄治郎の証言により成立を認める乙第六号証、証人田中政雄の証言により成立を認める同第七、八号証に証人吉田三郎(第一回)、向井栄治郎、反甫善之丞、益岡徳三郎、谷口房吉、田中政雄の各証言、原告本人尋問の結果(第一回)及び証人青木直、荒木政治郎の各証言の一部並に検証の結果(第一、二回)を合せ考えると、本件土地及び隣接土地に荒木字四の坪二九、三〇、三三番地の原告自作地を加えた合計約二五、〇〇〇坪の土地はレース工業の専門家である原告が昭和一三、四年頃事業拡張のために当時有名な機業地であつて該工業の立地条件に最適の泉南地方に工場敷地を物色中、泉南郡春木町当局者及び住民の熱心な誘致運動もあつて昭和一四年四月頃工場敷地とする目的で買入れたものであり、右買入土地は当時全部水田であつたがこの内約三分の二に当る隣接土地については原告においても当時直ちに工場を建設する予定ではなかつたので、工場建設に至るまでの間につき改めて契約を結び、工場建設のため必要なときは三ケ月前の予告で何時でも明渡す旨の約定の下にその耕作を継続せしめたが、その約三分の一に当る本件土地及び原告自作地は当時直ちに明渡を受け引水も中止して何時でも工場建設に着手し得る状態においたこと、しかし支那事変の進展に伴う平和産業に対する統制強化のため容易に工場建設に着手することができず右土地もこれを空地のまま放置するのやむなき状態であつたところ、昭和一五年中頃になつて買受当時から水田(隣接土地)の管理をまかせていた益岡愛之助(荒木部落区長)らから荒地のまま放置するより工場建設までの間の耕作を許されたい、土地使用の代償として反当り金一〇円位を支払うとの申出があり、原告もこれを承諾してその管理を益岡にまかせ、以後益岡においてこれを従前の耕作者らに休閑地利用的に分割耕作せしめたものであつて、右土地は前記のように引水を中止して荒地となつていたため爾後の耕作は畑地としてこれを耕作したものであり、反当り一〇円の代償は益岡においてこれを取まとめ原告に支払つて来たものであること、その後昭和一六年の暮頃本件土地等右畑地の全部と水田の一部を含む原告買受地の西半分が軍需会社である関西製鋼株式会社の工場敷地として売却せられ、その耕作者らは右会社より離作料として金一万円の支払を受けて翌昭和一七年三月頃一旦これを明渡したが、右売買はその後間もなく関西製鋼側の都合で合意解除となり、右耕作者らは右金一万円を受取つたまま再び右土地の耕作を始め、益岡らの手を通じて従前通り本件土地については反当り金一〇円の代償を原告に支払い、原告また工場建設の秋を期待して時に右土地等の明渡を交渉しつつもこれに応ぜられないまま右代償も昭和二一年度分(同年度分は昭和二二年三月四日受領)までこれを受領し、その耕作を黙認して本件買収計画の当時に至つたことを認めることができるのであつて、証人青木直、荒木政治郎の各証言中右認定に反する部分はこれを採用することはできない。

そして右事実関係からすれば本件土地は本件買収計画の当時、たとえ反当り金一〇円の代償が殆んど土地に対する租税程度のものであつたにせよ、また工場建設に至るまでの一時的な耕作関係であつたにせよ、またその利用の状態が休閑地利用的に相当細分せられたものであつたにせよ、これを自創法にいう小作地と認めるのが相当である。

原告は右認定のような本件土地の沿革現状及び後に認定するような建築認可等の事情からみれば本件土地を農地と認むべきではないと主張するが、本件土地のように元水田であつたものが引水中止により一時荒地となり、後畑地として耕作せられるに至り、現に労力を加え肥培管理を行つて作物を培栽せられている土地は、右引水中止が工場敷地とするためであり、このため従来の水田がその様相を変えて荒地または畑地となり、またこの土地について建築認可があつたとしても、これを以て右土地を自創法にいう農地と認めるのを妨げる理由とすることはできないのであつて、原告の右主張は失当である。また原告は本件土地のように戦争という特別の事情の下で一時的に黙認という形で休閑地利用に供されていた土地を小作地ということはできない旨主張する。しかし自創法第二条第二項にいう耕作の業務を営むというがためにはその耕作が多少とも継続的性質を有することを要することは原告主張の通りであるが、本件耕作関係は前認定の通り関西製鋼への売買の際一時中断せられたにもせよ、昭和一五年に始まつて本件買収計画時まで継続せられたものであり、昭和一五年の当初は勿論関西製鋼との売買中止により再びその耕作が始められた昭和一七年の頃においても、当時の国状からみて何時工場の建設が可能となるかは全く予測できない状態であり、従つて工場建設までの一時的の賃借とはいつてもその関係はある程度長期に亘り継続することを予想してのものと認めざる得ないのであつて、また右耕作の状態は休閑地利用的であり、その耕作の代償も一般小作関係に比し相当低廉であつたこと前認定の如くであつたにしても、本件土地の耕作関係は右法条にいう耕作の業務を営む者が賃借権に基きその業務の目的に供しているものと認めるのを相当とするのであつて右原告の主張もまたこれを採用することはできない。

そうすれば本件土地は不在地主の小作地として被告主張のように一応農地買収の要件を具えているものといわなければならない。

四、そこで次に原告主張の自創法第五条第五号の問題について判断する。

原告が本件土地等を買受けた目的がレース工場の敷地とするためであり、その買受は元々地元町当局者及び住民の熱心な誘致運動にもよるものであつて、その買受土地中西方の約三分の一に当る本件土地等は当時直ちに明渡を受け、従前の水田を引水中止により建築に適するような状態にし約一年間を空地のままにしており、その後その耕作が始められた後も従前の水田はその様相を変えて畑となつていること、また本件土地の耕作関係も前に説明したようにこれを法律的にいえば賃借小作と認むべきものとしても、その賃料は僅かに反当り金一〇円に過ぎず、またその期間も工場建設までというのであつて、一般農地の小作関係に比べれば相当その性質を異にした、暫定的休閑地利用的な性質のものであり、原告が右地上に工場を建設しなかつたのは戦時中の統制強化によりやむなく一時その建設を見合せたに過ぎないし、関西製鋼も工場建設用地として本件土地等の買受を希望したものであり、本件土地の耕作者は関西製鋼から離作料を得て再びその明渡をした後右工場建設が中止となるやまたその耕作を始めたものであるが、原告はその後工場の建設を期待して時に右土地等の明渡を交渉しつつもこれに応ぜられないまま本件買収計画時に至つたものであること前認定または前認定の事実より判断せられるところである。そして更に成立に争いのない甲第一、第五号証、第七号証の一、二、第一二号証、原告本人の第二回供述により成立を認める同第六号証、原告本人の第三回供述により成立を認める同第一〇、第一一号証に証人青木直の証言の一部及び原告本人の供述(第一乃至第三回)並に検証の結果(第一、二回)を総合すれば、本件土地はわが国有数の繊維工業地帯である大阪府下泉南、泉北二郡に亘る一帯の平野のほぼ中央に位し、南海電鉄春木駅東方約三、四町のところにあり、東方部落との間に本件隣接土地たる水田をはさみ、北方及び南方はいずれも広々とした水田であるが、本件土地はその南側において春木駅より東方に通ずる幅員約四米の府道に接し、その府道を距てた西方約半町のところには東洋帆布株式会社の工場があり、春木駅より本件土地に至るまでの右府道の両側は、本件土地の西側において多少の農地がある外は右東洋帆布の建物その他の家屋が連つて町並をなし、本件土地はその町外れともいうべき場所に存在するものであつて、元水田であつた頃は附近の池より引水潅漑していたものであるが、その池より最も遠い位置にありその意味で農地としての水利にはあまり恵まれず、本件買収計画の当時には前認定のように畑として耕作せられ、土地の高低の差も殆んどないものであること、原告はレース工業の専門家であつて大正二年頃からレースの製造を始め、本件買収計画の当時においては大洋レースネツト有限会社の取締役社長として同会社を経営し、大阪市住吉区粉浜本町及び粉浜西之町に亘る土地約二、九〇〇坪の地上に工場を有していたものであるが、右工場は昭和二〇年三月の空襲によりその約半分を焼失しただけでなく、土地自体既に原告の事業経営には狭くまた大阪の市中にあつてレース工業の適地でもなくなつたため、もともと原告の事業拡張のための用地として買収した本件土地等地上に工場を建設するの必要に迫られ、昭和二〇年の終戦直後からその計画を進め、建築用材として昭和二一年一月には和歌山県西牟婁郡和深村所在の山林立木約一、〇〇〇本約一、三〇〇石を、同年八月には同郡三尾川村所在の学校建物三棟(建坪合計約一五五坪)の取毀材を買受け、昭和二〇年一〇月頃から大阪府知事に対し工場建物の建築認可を申請し、何回か書類不備等の理由でその申請書を出し直した結果、昭和二一年一一月一日に至つて本件土地中の三の坪の土地及び本件隣接土地(水田)中の一〇の坪及び一五の坪の土地合計約七、七〇〇坪(本件原告買入の全土地中前記府道沿いの部分)の地上に市街地建築物法による建築認可を受け、更に昭和二二年五月七日には臨時建築等制限規則による建築許可をも受けたものであつて、原告は右建築認可の直後岸和田市役所を通じ右敷地につき農地調整法第六条の用途変更の許可申請をすると共に、既に府知事の建築認可もあることとて同じ知事による右申請の許可は当然にあることを信じ、昭和二二年初め頃から用材の整備を始め同年三月一八日には現地で地鎮祭を挙行することとなつたが耕作者らの妨害によつてこれを果すことができず、また前記用途変更の許可も下りず、その後再度に亘る同様の申請に対しても、一度は農地委員会より理由に虚偽がある等の理由で書類を返戻せられ、農地委員会の意を察して用地を本件土地中の三の坪の土地だけに縮少して三度目の申請をしたが、これに対しては何等の応答もなく却つて本件買収計画の樹立となつたものであることを認めることができる。

そして右事実関係からすれば右認定の本件土地の沿革、位置、環境、状態、その耕作関係の態様、原告の工場建設についての計画及びこれに対する準備等に鑑み、本件土地は自創法第五条第五号にいう近く土地使用の目的を変更するを相当とする農地としてこれを農地買収より除外するを相当としよう。ただ原告の受けた右建築認可は原告買受の全土地中前記府道に接する部分約七、七〇〇坪についてであつて、この中に含まれる本件土地はただ三の坪だけに過ぎず、四の坪五の坪の部分はこれに含まれていないものであり、しかも原告が本訴において前記第五条第五号の適地として買収の取消を求めるものは右建築認可地中の三の坪以外の部分(一〇の坪及び一五の坪の水田の部分)に替えて四、五の坪を加え、三、四、五の坪で合計約八、七五〇坪につきこれを求めるものであるが、右一〇の坪一五の坪の水田の部分は府道に接し原告の事業経営には便利ではあろうが、その沿革、状態、耕作の態様等から考えこれを用途変更の用に供することは府知事の建築認可があつたとはいえ必ずしもこれを相当としないのであつて、従つて原告がその必要とする工場建設用地につき建築認可あるいは用途変更の許可を求める土地としては、前認定のような事情からみて客観的にはこれを三、四、五の坪所在の本件土地を選ぶのを相当としたのであり、地元農地委員会としても本件買収計画に当つては原告の工場建設用地として本件土地を買収より除外するのを相当としたものであるから、本件土地中に原告が建築認可を受けていない四の坪五の坪の土地を含むことも前記の結論を妨げるものではない。

なお被告は原告の工場建設といつてもそれは大洋レースネツト有限会社のそれであり、原告自身のものではないのであるからこれを用途変更の理由とすることはできない旨主張するが、原告と右会社の関係が前認定の通りである以上、原告が本件土地を必要とするか否かの点においては両者殆んどその相違を認め難いのであるから被告の右主張はこれを採用することはできない。また被告は原告が乙第一〇号証の一、二を提出した事実よりみて原告自身工場建設の意思もなく、また本件土地は農場として使用する外用途のないことを認めていたものであると主張し、乙第一〇号証の一、二のような申請をした事実のあることは原告の争わないところであるが、右申請は本件買収計画の後にせられたものであり、何とかして本件土地等を原告に確保せんとするあがきに過ぎないものであること証人青木直の証言及び原告本人の供述に徴し明かであるから右乙号証を以て前段認定を覆すの資料とすることはできない。

また被告は仮に用途変更を相当としても農地委員会の指定がない限り買収より除外するを要しない旨主張するが、前記第五条第五号の適地については市町村農地委員会は都道府県農地委員会の承認を得て同号所定の指定を行い、これを買収の目的から除外すべきものであつて、かかる農地につき右の指定を行わずして買収計画を樹立するのは違法であると解すべきであるから被告の右主張また失当である。

そうすれば本件土地は近く土地使用の目的を変更するを相当とする農地として本件買収計画より除外するを要するものであつて、これを除外しなかつた買収計画は違法であり、その違法な買収計画に基く本件買収処分また違法たるを免れない。

五、よつて右買収処分の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

(目録省略)

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